2021年2月17日水曜日

政治は誰のため

 「政治は政治家に、プロにまかせればいい。自分は自分の仕事をすればいい」と政治の話を避ける人や、避けてるわけじゃなくても難しくてなかなか向き合えない人は
「それでも。忙しくても、難しいことが分からなくても、勉強を続けたりおかしいことに反応したり政治への関心と批評をしてくれている人たち」に対して、自分たちがしてないこと(できないこと)をしてくれていることを感謝すべきではあれ、それをやじったり、邪魔したり、政治の話したいなら政治家になればいいじゃん~だの、○○に政治を持ち込むな~だのと、見当違いのことを言うのは変なの、と思う。幼い。

政治家にならなくても生活は政治そのもの。

買い物ひとつとっても自分は政治に関わっている。この国で生きているなら、仕事をし、お金をもらい、子どもを生み育てたいなら、自分は政治に関わっている。
仕事に誇りをもっているならば、それに見合う生活を、生き様を自分がしているのかということは大事なはず。それって政治に関心を持っていないと(政治的でないと)できない。
政治への評価と考察がないなら、誰のための政治なのか。政治について考えることは、大人になるということでは。
批評をするのもされるのも極端に嫌がる人は自分の仕事にも甘いのかな?と思う。
でももちろん、考察でも批評でもなくただの悪口になるのはだめ。論点がずれる。「良いところを見ない態度」にかたまっちゃうのもだめ。盲目になり、良いことまで廃れる。育てるものだから。
自分の無知を知り、他人からの学びを知る。それをたくさん続けたい。

みんな政治の話をすべき!という意味ではない。
政治の話はしなくても、生き様で表現しているからいいの」という人がいても構わないし、言葉や行動にできる時間もなく日々に追われてしまうことだって多い。
そうではなく、ただただ政治の話を「やめさせようとしてくる」人はなんなん?って話。面倒くさいことは避けたい、視界に入れたくないという、甘えん坊みたいに感じる。
あんた、一人で生きてるわけじゃないよ、と。生かされてるんだよと。
自分の払う税金、自分の出すゴミやガス、使うエネルギー、享受しているあらゆる恵みが未来にどんな影響を与えてゆくのか、自分の加害性、加虐性について知ることも想像もできないで、どういう仕事を成せますか?と。思ったりします


2021年2月4日木曜日

おいしいもの!(更新中)

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岩下の新生姜

世田谷クミン

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下高井戸たつみ

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